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仙台高等裁判所秋田支部 昭和59年(う)20号 判決

本籍

秋田県仙北郡田沢湖町生保内字街道ノ上三九番地

住居

同町生保内字街道ノ上三七番地の一

会社役員

相馬三郎

大正九年六月一〇日生

本店所在地

秋田県仙北郡田沢湖町生保内字野中四三番地の五

相馬商事株式会社

右代表取締役 相馬三郎

相馬三郎に対する所得税法違反、法人税法違反、贈賄、相馬商事株式会社に対する法人税法違反各被告事件について、昭和五九年三月六日秋田地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人相馬三郎および被告人相馬商事株式会社からそれぞれ控訴の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人相馬三郎(以下、被告人相馬という)および被告人相馬商事株式会社(以下、被告会社という)の弁護人石島泰作成の控訴趣意書、控訴趣意補充書、控訴趣意補充書(二)および控訴趣意補充書(三)ならびに同伊藤彦造作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これらに対する答弁は、検察官川又敬治作成の答弁書、控訴趣意補充書に対する答弁書、控訴趣意補充書(二)に対する答弁書および「弁護人提出の『控訴趣意補充書(三)』に対する検察官の意見」と題する書面記載のとおりであるから、これらを引用する。

石島弁護人、伊藤弁護人の各控訴趣意中、法令の解釈適用の誤りに基づく事実誤認ないし事実誤認の主張について(被告人相馬に対する原判示第一の一の(一)、(二)の各所得税法違反、被告人相馬および被告会社に対する原判示第二の一、二の各法人税法違反の事実関係)

一  各所論中、石島弁護人の所論は、右の原判示各所得税法違反および各法人税法違反事実について、原判決は、いずれも被告人相馬または被告会社の各事業年度における所得計算につき、被告人らが各営林署等から買い受けた立木のうち期末において未処分の部分(期末において伐採されずに立木のまま存在するものと、伐採はされたが土場に保管されているものとを含む。以下、本件残存立木またはたんに本件立木という)がたな卸資産にあたることを前提として最終仕入原価法を適用し、各個別の取引ごとの営林署等からの仕入価格をそれぞれ当該立木の最終仕入原価とみて、その価格に各事業年度期末における後述のような架空の見込みにすぎない在庫率(残存立木比率)を乗じた額の合計額を本件立木のたな卸資産評価額としているが、そもそも本件残存立木がたな卸資産にあたらないことは関係法文上明らかである、すなわち、まず各所得税法違反については、被告人相馬が各営林署等から買い受けた本件各立木は所得税法上の「山林」ではあるが、被告人相馬の所得はこれを所得の日以後五年以内に伐採・譲渡することによりえた所得であるから山林所得には含まれず(同法三二条二項)、事業所得にあたることになるが、同法二条一項一六号はたな卸資産から山林を除外しているから本件立木がたな卸資産にあたらないことは明白であるばかりでなく、本件の営林署等との間の立木取引は、個々の樹木をそれぞれ独立した物件として取り扱つたものではなく、一つの集団たる立木全体を、立木の範囲を定めるという形で一括して代金額を定めるという買入方法による取引であり、被告人らはもとより、本件発覚後の税務当局による税務調査においてすら実地たな卸を行うことができなかつた実態からも、立木がたな卸資産にあたらないことは明らかである、そのばあい所得の計算上必要経費に算入すべき金額の計算は、同法三七条二項に基づき計算すべきものであり、本件残存立木は、同条同項の取得に要した費用、管理費の一部にあたることになるが、原判決は同法三七条一項、四七条一項に基づきこれをたな卸資産評価の方法により必要経費に算入すべき金額を計算しているのであつて、右は法律に定める手続によらずに所得税額を計算し、被告人相馬に刑罰を科したもので、憲法三一条に違反することに帰着する、次に各法人税法違反については、法人税法二条二一号には所得税法のようなたな卸資産から山林を除く旨の明文はないが、それは法人税法が所得税法と異なり、所得の種類を区分することなく、たんに事業年度の所得と一括して規定しているため、事業所得、山林所得という区別もなく、これに伴いたな卸資産の定義から山林という概念が落ちたにすぎず、前述のとおりの取引実態ないし本質をもつた立木の一部を伐採・譲渡したあとの残存立木は、本質的に法人税法二条のたな卸資産の定義にはあたらない物件であり、したがって法人税法違反についても残存立木はたな卸資産にはあたらず、法人の所得金額算定の基礎をたな卸資産評価に置くことが誤りであることには変りがない、法人税関係では、同法二二条三項一号の売上原価と同項二号の費用の額のみを所得の金額の計算上損金の額に算入すべき金額とする計算方法をとるべきである、この関係で損金に算入すべき金額算定の基礎をたな卸資産評価に置いた原判決が法律の定める手続によらないで被告人らに刑罰を科したことになることは所得税法違反のばあいと変りがない、かりに原判示の各法人税法違反(原判示第二の一、二)の関係で本件残存立木にたな卸資産評価を基礎とする算定方法が許されるとしても、原判決認定のたな卸資産評価額には法人税法施行令三二条のそれを取得するに直接要した費用を加算すべきところ、原判決はこれを加算していないから、同条の規定に違反して低いたな卸資産評価額を認定し、その結果不当に高い脱税金額を算定する誤りを犯している、なお、原判決は、本件各所得税法違反および各法人税法違反事実について、被告人相馬提出の上申書に基づいて本件残存立木をたな卸として計算しているが、右上申書の内容は客観的事実に即さない架空のものであつて、これを基礎として計算された被告人相馬ないし被告会社の各所得額したがつて各脱税額も架空のものである、とくに原判決第一の一の(一)の所得税法違反事実に関する昭和五二年一二月三一日現在の土場在庫立木四億四三八万円は、国税査察官に示唆されるまま被告人相馬の使用人千葉秀昭がなんらの根拠もなくつくり上げた架空の金額である、また、原判示第二の一、二の各法人税法違反事実については、原判決別紙5の修正損益計算書(自昭和五四年五月二四日至昭和五五年四月三〇日)によれば、昭和五五年四月三〇日現在の期末商品たな卸高の修正金額は、二四四万六二八五円となつているが、同別紙7の修正損益計算書(自昭和五五年五月一日至昭和五六年四月三〇日)によれば、右金額と一致すべき昭和五五年五月一日現在の期首商品たな卸高の修正金額が七億四四七六万八一三一円と三〇〇倍以上になつているのは、合理性を欠く重大な瑕疵であり、原判示各法人税法違反事実における各脱税額の認定は、これらの修正損益計算書に基いて行われているのであるから重大な誤りがある、以上のとおり原判決は、原判示各所得税法違反および各法人税法違反事実のいずれについても、各所得金額算定の根拠条文の解釈適用を誤りその結果事実を誤認したもので、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである、なお右判決の誤りは、審理不尽の結果ともいえるが、それはそもそも検察官がこの誤りの上に立つて公訴提起を行つたことに基づくから、検察官がこの公訴事実を変更しないかぎり、右公訴事実については無罪とするほかない、というのであり、

伊藤弁護人の所論は、原判決は、原判示各所得税法違反および各法人税法違反事実について、いずれも被告人相馬または被告会社の所得計算につき、被告人らが各営林署等から買い受けた立木のうち、いまだ処分されない本件残存立木をたな卸資産として最終仕入原価法により評価したが、最終仕入原価法の適用にあたつては、立木の実際取引上もつとも重視されている樹種ごとに最終仕入原価を算出し、これを基礎として全体のたな卸資産評価額を計算することにより、法律上当然に与えられるべき事業年度途中からの木材の値下りによるたな卸資産評価額の下落による所得の減少したがつて課税額の減少という利益を被告人らに享受させるべきであるのに、原判決が、一つの契約による一集団としての立木を一単位とみて同一立木の取引というものは当該取引分一回かぎりしかなく、ほかに同種の立木取引が成立することはありえないし、結局各個別の取引ごとの仕入価格をそれぞれ当該立木の最終仕入原価として、その価額に各事業年度の期末に存在するおおよその見込みにすぎない在庫率(残存立木比率)を乗じた額の合計額を本件立木のたな卸資産の評価額としたのは、立木取引の実態に背馳し、最終仕入原価法の適用上当然に享受しうべき前示の利益(伊藤弁護人の計算によると、たとえば昭和五五年五月から昭和五六年四月までの被告会社の所得金額は零となる)を奪う結果となつたもので、事実の誤認である、というのである。

二  そこで、記録・証拠物を検討し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、以下のとおり判断する。

(一)  被告人相馬が、秋田県仙北郡田沢湖町生保内字街道ノ上三九番地に事務所を置き、林業、製材業等を営み、その業務全般を統括していたこと、同被告人が昭和五四年五月二四日同町生保内字野中四三番地の五に本店を置き林業等を営む被告会社を設立し、その代表取締役としてその業務全般を統括していたことは、証拠上明らかであり、また被告人相馬が、右の個人営業についての昭和五三年一月一日から同年一二月三一日までの分(原判示第一の一の(一)事実)および昭和五四年一月一日から同年一二月三一日までの分(原判示第一の一の(二)事実)、被告会社の昭和五四年五月二四日から昭和五五年四月三〇日までの分(原判示第二の一事実)および昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日までの分(原判示第二の二事実)の各事業年度の所得に関し、所得税額ないし法人税額の一部を免れようと企て、売上げを除外するなどの行為に出たことも、関係証拠に照らし疑いを容れないところである。

(二)  ところで、原判決は、右各所得税法違反ないし各法人税法違反事実を認定するにあたり、被告人相馬または被告会社の各事業年度の所得金額の計算上必要経費に算入されるべき金額を算定するのに必要な本件残存立木すなわち被告人相馬または被告会社が各営林署等から買い入れたが、期末においていまだ伐採しないか、伐採はしたが、そのまま土場に保管していて処分されていない立木を、いずれもたな卸資産にあたるものとし、これを前提として最終仕入原価法により評価していることは、その判文上明らかである。

まず、各所得税法違反事実(原判示第一の一の(一)、(二))についてその適否を考えると、被告人相馬が各営林署等から買い入れた立木は、所得税法上の「山林」にあたると解されるが、被告人相馬は、証拠上これらを「取得の日以後五年以内に伐採し又は譲渡すること」によつて所得をえていたと認められるから、その所得は所得税法三二条二項により山林所得には含まれず(なお、同条一項)、事業所得(同法二七条、なお、同三七条二項に「山林につきその年分の事業所得」とあることを参照)にあたると解すべきであること、しかし他方同法二条一項一六号は、たな卸資産の定義として、「事業所得を生ずべき事業に係る商品、・・・・・・その他の資産(有価証券及び山林を除く。)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」と規定し、たな卸資産から山林を除く旨明文を設けているから、本件残存立木が所得税法上たな卸資産にあたらないことは明らかであり、原判決がこれがたな卸資産にあたることを前提として最終仕入原価法により評価していることは、法令の解釈適用を誤つているというほかはない。したがって、本件残存立木がたな卸資産にあたりこれに最終仕入原価法の適用のあることを前提として、その適用方法を争うと解される伊藤弁護人の所論は、各所得税法違反事実については、すでにこの点において採用することができない。本件において、このように残存立木をたな卸資産とし、最終仕入原価法を適用する取扱いをしたことは、たな卸資産の評価の方法の選定、確定申告の段階から、本件発覚後の国税査察官による調査を通じて変りがなく、検察官もこれを前提として起訴し(原審検察官の冒頭陳述書添付の各貸借対照表参照)、原審公判手続においても、この点が問題とされずに推移し、原判決もこれをそのまま受け入れたと推測されることは、石島弁護人の所論指摘のとおりである。

そこで、右の原判決の法令の解釈・適用の誤り(およびこれに基づく事実の認定)が判決に影響を及ぼすことが明らかであるか否かを検討することになるが、そのためには被告人相馬(被告会社のばあいも同じ)が各営林署等から買い入れた本件各立木取引の実態をみる必要がある。山林(立木)は地理的ないし地形的状況から人が現実に隅々まで踏破・調査することが困難なものもあるうえ、厳密には樹木一本ごとに違いがあって、問題となる範囲内にあるすべての立木の大きさ、品質等を個別にかつ細部にわたって調査することはきわめて煩瑣であり、かつ多大の労力と費用を必要とする反面、常にそれだけの実益があるか否か疑わしいなどの特殊性があり、そのため関係証拠、とくに秋田営林局長作成の昭和五八年一月一〇日付け(同月二四日付け補足回答を含む)および同年四月一五日付け各「照会に対する回答について」と題する書面、青森営林局長作成の同年一月三一日付けおよび同年四月一二日付け各「照会に対する回答について」と題する書面ならびに原審証人塚原俊夫の証言によれば(なお、原判決の授用する判例研究日本税法大系2五一頁以下参照)、典型的な立木契約の実際においては、いわゆる林班指定の方法によって取引の対象となる立木の範囲を定め、その代金額も個々の樹木ごとの価額を算出してこれを合計するのではなく、樹種別の本数、おおよその材積、地域差による級地区分、樹木の径級区分、樹木が正常木であるか根曲り立木等の非正常木であるかのおおよその区分、立木から生産される製品(丸太など)の市場価格、地域差からくる伐採搬出費用などの立木販売予定価格を構成する要素を参酌して、売買の対象となる立木の集団全体を一単位とする価格を定め、伐採は買主が行い、林班内の見積石数と実際の石数が違っていても清算しないというものであり、本件の立木取引の大部分を占める各営林署からの買入契約も右の典型的な立木契約であったことが認められ、それ以外の者からの買入契約も基本的には同様であったと認めるのが相当である。

本件残存立木が前述のとおり所得税法上たな卸資産にあたらないばあい、被告人相馬の事業所得金額の計算上必要経費に算入すべき金額の算定は、同法三七条二項による個別対応の原則により行うことになるが、右の必要経費に算入すべき金額を算定するのに必要な期末における残存立木の価額は、個々の契約により立木の一集団として定められた各買受価格に対し、その各集団のうち当該事業年度の期末に残存する立木の割合を求め、その買受価格に右の残存する割合を乗じた価額の合計額とするのが相当である。けだし、実際の立木取引における代金額の決定方法が前述のようにその集団の個々の樹木の価額を算出・合計することなく、一括して定められるものである以上、その残存部分の評価にあたっても個々の樹木の価額を問題とすることはできず、各集団としての契約ごとの買入価格に立木の残存割合を乗じた額の合計額をもって満足するほかはないからである。

ところで、原判決は、本件残存立木をたな卸資産として最終仕入原価法を適用してはいるが、その具体的な金額の認定の方法は、証拠によれば、残存立木の実地調査の結果に基づくものでないことはもとより各樹木につき個別的に調査した結果に基づくものでもなく、主としては、被告人相馬の指示によりその使用人千葉秀昭が個々の契約の対象となった山林(立木)ごとに後述のような方法で各事業年度末の各残存立木の在庫割合(残存立木比率)を割り出し、各立木契約の買受価額にこの在庫割合を乗じた額を評価額(たな卸資産の評価額)としたことに基づくものと認められる(その内容に信用性を認むべきことについては後述)。このように原判決のとったたな卸資産評価の方法は、通常の商品のたな卸評価の方法といちじるしく異なるが、ここにも前述した立木取引の実情やその代金決定方法の特殊性が色濃く反映してそのような評価方法をとることを余儀なくされたものということができる。そして、この評価方法は、結局前述した所得税法三七条二項による個別対応の原則による必要経費の算定方法と同一に帰着するから、原判決が本件残存立木をたな卸資産として最終仕入原価法を適用した法令の解釈適用の誤り(およびこれに基づく事実の認定)は、判決に影響を及ぼすことが明らかとはいえない。

この点に関連し、石島弁護人は、被告人相馬の各所得税法違反事実(原判示第一の一の(一)、(二))において、必要経費を算定するのに必要な本件残存立木の評価は同法三七条二項によってなすべきであるのに、原判決が右立木はたな卸資産にあたるとの誤った前提に立ち同法三七条一項、四七条によって算定したのは、法律の定める手続によらないで各所得ないし脱税額を認定し、被告人相馬に刑罰を科したもので憲法三一条に違反するというが、すでにみたように、原判決は法律の規定によらずに必要経費ないし所得を算定したのではなく、法律(所得税法)の規定にしたがってこれを認定したが、その適用法条の解釈適用を誤ったというばあいであるから、右所論はその前提において採用できない。

(三)  次に、各法人税法違反事実(原判示第二の一、二)について、原判決が本件残存立木をたな卸資産にあたるとして最終仕入原価法を適用したことの適否を考える。法人税法のたな卸資産の定義規定である同法二条二一号は、「商品、・・・・その他の資産(有価証券を除く。)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」と規定するのみで、たな卸資産から山林(立木)を除く旨の文言はない。石島弁護人の所論は、山林(立木)は、実地たな卸の困難さなどから性質上たな卸資産たりえないものとして解釈上たな卸資産から除外されるべきであるというが、たな卸資産とはもともと、たな卸すなわち期間損益を明確にするため期末現在高となる当該資産の数量および金額を確定する行為をなすべき商品等の資産を指すのであるから、所得税法のようにとくに山林(立木)を除外する規定がない以上(所得税法が山林をたな卸資産から除外したのは、同法上その保有期間が五年を超えるか否かにより、所得分類、課税方式が異なるので、保有期間を基準として山林をたな卸資産に含めることからくる概念の混乱を避けようとする技術的理由からのようである)、これから山林(立木)を除外すべき実質的理由は見出せない。その評価に技術的困難を伴うことは所論のとおりであるが、それはその資産が前述のような特殊な性格を有する山林であることからくる困難であって、法律上山林をたな卸資産として取り扱うことにより生ずる困難とはいえない(たな卸資産として取り扱わないとしても、期末在庫分の把握・評価が困難なことに変りがない)。したがって原判決が各法人税法違反事実につき、本件残存立木をたな卸資産とし、これに最終仕入原価法を適用したこと(同法二九条、同法施行令二八条、二九条、三一条参照)に違法の廉はなく、石島弁護人のこの点の所論は理由がない(なお石島弁護人は、かりに各法人税法違反について、本件残存立木をたな卸資産として取り扱うことが許されるとしても、原判決認定の各事業年度の残存立木のたな卸資産評価額には、法人税法施行令三二条のそれを取得するに「直接要した費用」を加算しなかった誤りがあるというが、関係証拠によれば、本件立木の取引には前述のような代金額決定の際に参酌された費用のほかには加算すべき費用を要したとは認められないから、その加算の必要は認められない)。

(四)  ここで、各法人税法違反事実に関する伊藤弁護人の、本件残存立木はたな卸資産にあたりこれに最終仕入原価法の適用があることを前提としながらも、原判決が本件立木の各仕入価格をもって最終仕入原価であるとしたのは、最終仕入原価法による所得計算上当然享受しうべき立木の事業年度内の値下りによる所得の減少したがって課税額の減少という利益を奪い事実の誤認をきたしたとの所論について検討する。被告会社が各営林署等から買い入れた本件の立木取引が、典型的な立木契約であって、樹種別の本数、おおよその材積、地域差による級地区分、樹木の径級区分や地域差からくる伐採搬出費用などを参酌するが、個々の樹木ごとの価額を算出合計するのではなく、取引の対象となる一集団としての価格を設定するものであることは、すでに述べたとおりである。最終仕入原価法は、期末たな卸資産をその種類、品質および型(以下、種類等という)の異なるごとに区別し、その種類等の同じものについて当該事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位あたりの取得価額をその一単位あたりの取得価額とする方法であるが(法人税法施行令二八条一項一号ト)、本件の山林(立木)取引においては、樹木の種類等ごとの個別の取得価額はなく、立木集団としての包括的な価額があるだけであり、しかもそれは地域差による級地区分や地域によって異なる伐採搬出費用等をも要素として決定されるから、別々の取引の対象となった立木中の樹木間には通常の商品取引にみられるような種類等の同じ立木(樹木)の関係を認めることは困難であり、個々の取引ごとにその対象となる立木の種類等は異なるとせざるをえず、換言すれば最終仕入原価法にいう最終仕入原価は、各取引ごとに一回ずつ成立するに止まることになり、結局各当該取引の仕入価額をもって当該取引の対象となった立木全体の最終仕入原価と認めることに帰着する。この結論は一見最終仕入原価法の趣旨からみて不合理のようにみえないではないが、種類等の同じ取引が当該取引ごとに一回ずつしか成立しないと解される以上承認せざるをえない結論であり、なお実質的に考えても、木材価格が下落したときには、それに対応して低い立木価額が決定されるであろうから、かならずしも不合理と評すべきものではない。したがって、これと同趣旨の判断に基づき、各仕入価格をもって当該立木の最終仕入原価とみて最終仕入原価法を適用した原判決に誤りがあるとはいえず、この点の所論は採用できない。

(五)  進んで、原判示各所得税法違反および各法人税法違反事実における被告人相馬ないし被告会社の各事業年度の所得額の具体的な計算ないし認定を争う所論、すなわち、石島弁護人の、原判示各所得金額の計算上必要経費に算入すべき金額を算定するのに必要な本件残存立木の評価(原判決は、各所得税法違反についても各法人税法違反についても、これをたな卸資産にあたるとしたところ、法人税法違反については誤りはなく、所得税法違反については誤りであるが、各取引ごとの仕入金額の合計額に立木の残存割合を乗じたその計算方法そのものに誤りがないことは、すでに述べたとおりである)は、客観的事実に即さない架空のものであり、これを基礎とする各事業年度の所得額ひいて各課税額も架空なものであるとの所論および伊藤弁護人の、原判決が(最終仕入原価法の適用を誤った結果)各事業年度において不当に高い期末たな卸高を認定し各所得金額ひいて各課税額の認定を誤ったとの所論について検討する。原判示各所得税法違反ないし各法人税法違反事実における本件残存立木(原判決のいう各たな卸資産)の評価額は、主として乙六四号証の千葉秀昭作成・被告人相馬提出の昭和五六年一二月一八日付け「土場以外にある木材の実際たな卸高について」および乙三八号証の被告人相馬に対する大蔵事務官の質問てん末書添付の千葉秀昭作成の同月二八日付け「各土場在庫(推定)」と各題する書面ならびにこれらにも依拠したと思われる大蔵事務官作成の甲三〇二号証の「たな卸高調査書」および甲三〇三号証の「たな卸除外額調査書」基づいて認定されているものと解される。ところで、右各書面に記載された各たな卸高の数量は、証拠上主として、被告人相馬ついで被告会社の使用人であった千葉秀昭が、被告人相馬ら作成の各上申書、被告会社の各帳簿、各契約書綴り等を参酌したほか、千葉秀昭自身の記憶、被告会社の専務や各山子らとの協議の結果等を総合して各期末における本件各立木の在庫割合(残存比率)を推定したものであり、その評価額は、各立木の仕入金額に右の各在庫割合を乗じた額を各たな卸評価額としたものであることが認められる。これら残存立木の把握およびその評価は、実地調査をしたものでもなく、また各個別の立木(樹木)について調査したものでもないという意味では、厳密を期する立場からは十全なものであるといい難いことは否定できないが、前述のような特殊な性格をもつ山林(立木)取引の実態を直視するならば、右のような把握の仕方やその評価はその実態に即応するやむをえないものとしてなお合理性を認めるのが相当であり、またその信用性を否定すべきものではないといわなければならない。

もっとも、石島弁護人指摘の、原判示第一の一の(一)の所得税法違反事実に関連する昭和五二年一二月三一日現在の土場在庫立木四億四三八万円の額については、当審における被告人相馬の本人質問および当審において弁護人が提出した秋田営林局事業部長作成の昭和六一年二月二四日付け「証明願」についてと題する書面によれば、前記時点の実際の土場立木の量は所論のようにもっと少なかったのではないかとの疑いがあるが、所論がその金額をもっと少なく認定すべきであるとの趣旨を含むとすれば、昭和五二年期末の在庫高はそのまま昭和五三年期首の在庫高となるところ、昭和五三年期末の純財産を同年期首の純財産と比較して同年中の純利益を算出しようとすると、同年期首の資産を構成する立木の在庫高が減少することはその分だけ同年期末の純財産から差引かれるべき同年期首の純財産を減少させ、したがって期間中の純利益が増加する関係にあるから(損益計算法的に、昭和五二年期末の在庫高を減少させることはその分だけ昭和五三年期首の在庫高ひいて昭和五三年中の売上原価を減少させ、したがってその分だけ売上利益を増加させる関係にあるということもできる)、被告人相馬の所得額ひいて所得税額も増加することになり、結局この点の所論は被告人に不利益な主張として採用することができない(なお、昭和五二年期末の在庫高がもっと少なかったとの主張は昭和五二年中の所得がもっと少なかったことの根拠とはなるが、昭和五二年中の所得は本件審理の対象外である)。

(六)  次に、石島弁護人の、原判示第二の一、二の各法人税法違反事実に関連し、原判決別紙5の修正損益計算書中の昭和五五年四月三〇日現在の期末商品たな卸高の修正金額二四四万六二八五円と、同別紙7の修正損益計算書中の昭和五五年五月一日現在の期首商品たな卸高の修正金額七億四四七六万八一三一円との不一致に関する所論については、一般に会計書類としては両者は一致すべきものであり、その意味で右の各記載には形式的なくいちがいがあることになるが、関係証拠とくに甲三二九号証の大蔵事務官作成の脱税額計算書説明資料および当審証人新田忠義の証言によれば、昭和五四年五月から同五五年四月までの事業年度については、申告による勘定科目に基づいて修正した立木関係の期末たな卸高が、期末商品たな卸高二四四万六二八五円と期末材料たな卸高(製造原価報告書)七億四二三二万一八四六円とに分れていたが、昭和五五年五月から同五六年四月までの事業年度については、申告が両勘定科目にあったものをまとめて損益計算書の期首の商品たな卸高としたため、これを修正した金額が右の両者を合計した七億四四七六万八一三一円となったものであることが認められるから、両年度の修正損益計算書間には、実質的くいちがいはなく、所論は採用できない。

(七)  以上を要するに、原判示第一の一の(一)、(二)の被告人相馬に対する各所得税法違反事実については、その事実認定の前提となる所得金額の計算上必要経費に算入すべき金額を算定するのに必要な本件残存立木の評価について、誤ってたな卸資産に関する法令を適用した点で法令解釈適用の誤りがあるが、それは判決に影響を及ぼすものとはいえず、その点を別とすれば、原判決の掲げる関係証拠を総合すれば、原判示第一の一の(一)、(二)の各所得税法違反および同第二の一、二の各法人税法違反事実はこれを肯認することができ、各所論にかんがみ記録・証拠物を検討し、また当審における事実取調べの結果に照らしても、原判決には法令の解釈適用の誤りに基づく事実誤認ないし事実誤認は認められない。

各論旨はいずれも理由がない。

伊藤弁護人の控訴趣意書中被告人両名に関する量刑不当の主張について

本件は、被告人相馬がいずれも売上げを除外し、架空仕入れを計上するなどの行為により、まず個人としての昭和五三年および同五四年の二か年の所得税合計二億四八一六万六八〇〇円を免れ(原判示第一の一の(一)、(二))、ついで被告会社の昭和五四年五月から同五五年四月までおよび昭和五五年五月から同五六年四月までの二事業年度の法人税合計一億三五八二万八九〇〇円を免れた(原判示第二の一、二)ほか、和田営林署鵜養担当区主任の伊藤久男または角館営林署長岩谷良司に対し営林署長が行う被害木の売払いの職務に関し現金合計一一〇万円の賄賂を供与した(原判示第一の二の(一)ないし(四)という事実である。

これら犯行の罪質、態様、とくに各所得税法違反、各法人税法違反については、逋脱税額がいずれも高額に上り、その総額(被告人相馬関係)は三億八三九九万円余という巨額に達するばかりでなく、その逋脱率も約九五・二パーセント、約八八パーセント、約九一パーセント、約九三・八パーセントであって、納税意識の稀薄さが指摘され、犯情悪質というほかないこと、本件のような高額脱税事犯が社会に与える影響も看過できないこと、贈賄についてはその回数も多く供与した金額も決して少額とはいえないこと、いずれも被告人相馬の側から能動的、積極的に計画し供与しており、とくに岩谷良司に対する五〇万円には、岩谷がいったん受領を拒絶しその場を離れた隙に現金を置き去るという執拗さがみられること、伊藤久男に対する二回目および三回目の贈賄は、すでに本件の脱税事犯につき国税当局の調査が開始され被告人相馬が大蔵事務官の取調べを受けている間の犯行としてその反規範的態度はきびしい避難を免れないこと等を総合すれば、被告人両名の刑事責任は重く、とくに被告人相馬のそれは重大といわなければならない。

他方において、被告人両名はその後各脱税額につき修正申告を行い、修正分の本税、延滞税、重加算税等を納付したほか、法律扶助協会に対し被告人相馬は三百万円、被告会社は二〇〇万円の贖罪寄付をするなどして反省の態度を示していること、木材の値下りに加えて本件の発覚・報道により被告会社の営業に大きな打撃を受け社会的制裁を受けていること、被告人相馬には同種前科はなく、被告会社および家庭において中心的立場にあり、同被告人に経済的に従属する関係者も少ないこと、すでに相当の高齢であること等の被告人両名に有利ないし同情すべき事情も認められるが、それらの情状を十分考慮に入れても、本件の重大生にかんがみ被告人相馬に対して懲役一年一〇月および罰金五〇〇〇万円、被告会社に対して罰金二七〇〇万円をもって臨んだ原判決の各量刑はやむをえないものと考えられ、これらが不当に重いとは認められない。

各論旨はいずれも理由がない。

そこで、本件各控訴はいずれも理由がないから刑事訴訟法三九六条によりこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。

検察官 川又敬治 出席

(裁判官 田口祐三 裁判官 三浦宏一 裁判長裁判官渡邊達夫は転補のため署名・押印することができない。裁判官 田口祐三)

控訴趣意書

所得税法違反・法人税法違反・贈賄 相馬三郎

法人税法違反 相馬商事株式会社

右の者に対する頭書被告事件について、当弁護人は左記のとおり控訴の趣意を提出する。

昭和五九年一一月二一日

右被告人両名弁護人

弁護士 伊藤彦造

仙台高等裁判所秋田支部 御中

第一点 原判決には事実の誤認があつて、その誤認が判決に影響を及ぼすこと明らかである。

一、原判決は左のとおり認定している。

(一) 被告人相馬三郎(以下「被告人相馬」という。)個人の所得税につき、

(イ) 昭和五三年分の実際所得金額が二億五、〇五一万六、〇八九円で、これに対する所得税額が一億七、一四一万〇、四〇〇円であるにもかかわらず、内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正規の所得税額と申告税額との差額一億六、三二三万四、一〇〇を免れた(判示第一、一、(一))。

(ロ) 昭和五四年分の実際所得金額が一億五、〇八四万七、九三七円で、これに対する所得税額が九、六五九万二、六〇〇円であるにもかかわらず、内容虚偽の所得税確定申告書を提出して、正規の所得税額と申告税額との差額八、四九三万二、七〇〇を免れた(判示第一、一、(二))。

(二) 被告人相馬商事株式会社(以下「被告会社」という。)法人税につき、

(イ) 昭和五四年五月二四日から昭和五五年四月三〇日までの事業年度において、実際所得金額が一億七、四八七万二、八五〇円で、これに対する法人税額が六、八九七万四、八〇〇円であるにもかかわらず、虚偽の法人税確定申告書を提出し、正規の法人税額と申告税額との差額六、二七四万七、二〇〇を免れた(判示第二、一)。

(ロ) 昭和五五年五月一日から昭和五六年四月三〇日までの事業年度において、実際所得金額が一億八、八五三万〇、四八七円で、これに対する法人税額が七、七九一万九、六〇〇円であるにもかかわらず、虚偽の法人税確定申告書を提出し、正規の法人税額と申告税額との差額七、三〇八万一、七〇〇を免れた(判示第二、二)。

二、原判決は、「判示税法違反における被告人らの所得金額の確定について」の項において、立木に関する最終仕入原価法の適用については疑問を抱きながらも、最終的には検察官の主張を容れ、弁護人の主張を排訴したものであり、その要旨は左のとおりである。

(一) 本件脱税事件における被告人両名の各期末のたな卸資産の評価は最終仕入原価法によるべきこととなるところ、最終仕入原価法とは、期末たな卸資産をその種類、品質及び型(以下種類等という)の異なる毎に区別し、その種類等の同じものについて、当該所得ないし事業年度終了の時から最も近い時において取得したものの一単位当たりの取得価額をその一単位当たりの取得価額とする方法をいうものであり、したがつて、立木の場合も法の要求するところに従えば、期末在庫分を種類(樹種)、品質及び型(立木の場合は強いていえば、幹の大きさ、すなわち径級がこれに当てはまるかと思われる)の同じものについて区分し、その区分毎に期末時から最も近い時において取得した立木一立法メートル当たりの取得価額を算出して評価すべきことになるところ、検察官の評価方法は最終仕入原価法によつたとしつつ、立木の一取引毎の仕入価額(売買金額)をもつて当該契約の対象となつた立木の最終仕入価額とみ、一取引における立木中の樹種や品質などの違いを取り上げず、右金額に期末時における在庫割合を乗ずる方法で評価し、立木に関する所得金額の確定を行つているものである。

したがつて、検察官の評価方法は一見最終仕入原価法において法の求める要件を完全には充たしていないかのように思えなくもない(二、(一))。

(二) しかしながら、被告人両名の立木取引の大部分を占める営林署からの取引についてみれば、立木を構成する個々の樹木そのものの価値に着目するというのではなく、一集団としての立木を一単位とみて、その一単位毎に、予め定められている売買価格を構成する諸要素の違いによつて売買価格が定められており、その結果、取引が異なると、一単位としての立木の価値自体が異なるとともに、たとえ同一樹種であつても所在地域などの売買価格を構成する諸要素に違いが生ずるので、売買価格が異なることとなり、終局的には売買の対象物としては別個、別種類のものとして取り扱われているものと評価するのが相当である。

右の結果、経済的にみた場合には、同一立木の取引というものは当該取引分一回しかありえなかつたといわざるをえず、そのうえで、一取引内においては、取引の対象となつた立木は、――現実にはそれを構成する樹種や品質などの違いがあつても――、取引のうえではすべて同種、同質、同型のものといわば擬制した形でとらえることになる。

右のことは、前記塚原俊夫の証言などからみて、営林署以外からの立木の取引についても妥当するものと思われる。(二、(二))

(三) 各取引(仕入)毎にその対象となつている立木全体を同一種類等のものとみ、契約が異なると種類等は同一ではないとみて、各取引(仕入)毎の価格をそれぞれ最終仕入原価として、右価格に前掲証拠によつて認められる各期末に存在する在庫率を乗じて立木のたな卸評価額とすることは、法の要求するところのものを一〇〇パーセント実現したものとまではいえないにしても、やむをえないものといわざるをえず、したがつて、検察官主張の最終仕入原価法での計算は法の規定する要件を充たした合理性を有するものと解するのが相当である。(二、(三))。

(四) 検察官主張の計算方法は完全なものとはいえないにしても――根本的には、そもそも立木については最終仕入原価法の規定自体が不備ではないかとの疑問がある――本件における被告人両名の所得金額の確定の方法としては合理性を有するものと評価しうるので、当裁判所も検察官主張の右方法を採用し、被告人両名の所得金額を確定し、これに基づき脱税額を算定したものである(三、)。

三、しかしながら、原判決は左の諸点において誤りを犯しているものといわなければならない。

(一) 法は、たな卸資産について、災害により著しく損傷したときや著しく陳腐化したとき等は評価損の計上を認めているが(所得税法施行令一〇四条・法人税法施行令六八条)、かような事由がなくとも当該事業年度において値下りがあつた場合に、評価損を計上した場合と同一の結果となるのが最終仕入原価法である。

最終仕入原価法では、たな卸資産を当該事業年度の最終仕入で評価することになるから、在庫品が値上りしているときは高く評価されることになるから納税者の所得も多くなるが、反対に値下りしているときには低く評価されるから納税者の所得も少なくなる。したがつて、最終仕入原価法では、値上りするときは所得が多くなるという危険を負担する代り、値下りするときは所得が少なくなるという利点を有している。したがつて、値下りするときには、敢えて低価法や評価損計上の方法をとるまでもなく、自動的にこれらの方法をとつた場合と同一の結果となるものである。最終仕入原価法を選択した被告人らは、たな卸資産の下落による所得の減少という利益を享受することができるのであつて、いわば法上の権利である。

然るに、原判決の見解によると、一集団の立木が一単位として取引きされて完結するものであり、その後に同種の取引きが存する余地がないから、仕入後立木価格が低下しても仕入原価がすなわち最終仕入原価となり、法律上当然受けられるべき筈の前記利益をまつたく享受できない不都合を生ずる結果となる。立木以外の商品であれば当然受けられる筈の法律上の利益が、どうして立木になるが故に奪われるのかについて、原判決はまつたく説明がない。

(二) 原判決の見解は、もつぱら樹種と材積とが重視され、品質や伐採搬出費にはさほど重きを置かない、立木取引の実態に背馳するものである(原審第一四回公判における被告人相馬の供述)。

(イ) 立木の入札や取引に当つては、もっぱら樹種と材積とが重視される。樹種によつて価格に高低差がある以上、どんな種類の立木が幾らあるかが最大の感心事であることはいうまでもない。

立木の品質は、天然杉を除けば殆ど平均化されている。例えば、造林木の場合、一集団における植林はほぼ同時に行われ、営林局は一定の伐期に到達した時に売却処分をするから、その品質はほぼ同一とみてよい。したがつて、立木の入札・売買に当つては、立木一本毎の品質の差異は無視されるのが実情である。

伐採搬出費用も、立木の生育する地域毎の差異はほとんど存しない。過去においてすべて人力で伐採搬出していた時代であれば伐採搬出費用に差異も生ずるが、近年、立木の伐採搬出作業は著しく機械化されるに至つているから、地形や、林道までの距離等によつて目立つた差異はなく、したがつて、立木価格・立木材積・素材材積・立木本数にほぼ比例するものとみてよい。

(ロ) 各営林局は、品質や伐採搬出費用を要累として組合せ複雑な計上のうえに売渡予定価格を算定している(記録第五、六一七~五、六五九丁)。しかしながら、営林局のこのような算出過程はあくまで内部的な事務処理のために過ぎず、入札や売渡しに際してこれらの算出過程が公表されることもない。木材業者としては、営林局の算出過程とはまつたく無縁に、ただどんな樹種がいくらあるかによつて入札し売渡しを受けるのである。

(ハ) そうするならば、立木の在庫価格の算出に当つては、取引きの実態を重視して、その生育する箇所に拘りなく、むしろ樹種毎に算出すべきものと思料する。

(三) かりに、原判決の如く、入札や売買の際には一集団の立木全体を一単位とみることが許されるとしても、その後その一部を伐採しているときにまで、伐採比率によつて残存立木価格を算出したことは、原判決の致命的な欠陥といわなければならない。

ある時期に売渡しを受けた立木の一団は数種類の樹種から構成されるのが普通であろう。この一団の一部を伐採した場合、残存立木の評価は樹種と材積から算出されるべきであり、単なる面積や本数からは算出し得ない。取引きは樹種と石数とによつてなされるからである。

それにも拘らず、本件起訴は単に千葉秀昭がおおよその見込みで計算した一覧表記載の残存立木比率をそのまま当てはめ、たな卸資産の評価をしたに過ぎず、原判決はこれを是認した。かような算出方法は、一団の立木は樹種材種を問わずすべて均一であるということを前提として初めて可能であるが、かような前提はそもそもあり得る筈もない。

原判決の論理は甲山と乙山とは種類等が異なるとされる反面、甲山の立木は樹種・材積を問わすべて均一であるということに帰着せざるを得ない。一方においては、取引上さほど重きをなさない品質の相違や伐採搬出費用の多寡を重視して「種類等」が異なるとしながら、他方においては最も重視すべき樹種・材積の相違を無視するに等しい論理といわなければならない。

四、原審において弁護人が試みた計算方法(弁護人作成の意見書及び原審証人平川正司の証言)は必ずしも唯一絶対的なものではない。原判決の指摘される幾つかの難点があることも否めないであろう。しかしながら、最終仕入原価法とは名ばかりの原審の計算方法と比べるとき、遙かに法の精神に添つたものであると確信する。立木に関する最終仕入原価法の規定は不備であると評さざるを得ないが、法の欠缺がある場合には法の目的に添つて解釈するのが法解釈に当つてとるべき態度と思料する。

弁護人の最終仕入原価の計算によると、判示第二の一の事実である昭和五五年五月一日から同五六年四月三〇日までの事業年度における被告会社のたな卸資産の評価による所得額の減額高を、伐採搬出費に関する四方式についてみるに、価格按分方式では二一八、七三二、六二五円、立木按分方式では二四〇、一八八、七五八円、素材按分方式では二九三、四五一、八四二円、立木本数按分方式では二三八、〇三三、四九六円となり、いずれの場合でも所得金額は皆無となる(弁護人作成の意見書)。

そして、かような計算方法は、ひとり判事第二の一の事実のみならず、他年度全部にわたつてなされるべきであるが、原判決は弁護人の右主張を斥け、結局において前記の各事実を誤認したものであつて破棄を免れない。

第二点 原判決の量刑は不当に重い。

一、原判決は、「被告人相馬三郎を懲役一年一〇月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。被告人相馬三郎が右の罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。被告人相馬商事株式会社を罰金二、七〇〇万円に処する。」と言渡したが、右量刑は不当に重いものと思料する。

二、脱税に関する情状

(一) 被告人相馬及び被告会社の脱税の直接的動機は、もつぱら従業員の安定した職場の確保と労働災害による十分な補償にあつた。

本件犯行当時、被告会社は本社・林業部門・田沢湖パラダイス・相馬製作所を合せて従業員六〇余名、佐々木組等の下請業者六〇余名、合計一二〇名ないし一三〇名を抱える大世帯であつた。これらの者に常時安定した職場を提供するためには、相当余裕ある原木数量を確保しておく必要があると、被告人相馬は考えた(原審第三回公判、被告人相馬の供述)。

いま一つは、木材業における労働災害の多発である。昭和五五年度の統計(記録第四、八四八丁)をみるに、材木業の労働災害の発生件数は、建築工事請負業・木材木製品製造業・土木事業に次ぐ第四位で、全労働災害の一〇・三%を占め、死亡率が高くなつている。現に、昭和五〇年七月・同五三年春・同五六年二月・同年八月に労災事故が発生し、被告人相馬ないし被告会社は多額の負担をしている。(昭和五六・九・一七質問顛末書・記録第三、九八七丁)。そして、被告人相馬自身も昭和五二年四月七日事故により長男の一命を失つている。

被告人相馬は、右に述べた従業員の安定した職場確保のための立木の購入資金と労働災害による補償に充てるため浅墓にも脱税という犯行に陥つたものであるが、そのすべては企業と従業員とを考えたうえでのことであつた(原審第三回公判・被告人相馬の本人供述)。

(二) 被告人両名がかかる犯行に陥るに至つた経緯は、税制度に対する無理解ないし認識の甘さに由来するものである。

(イ) 被告人相馬は昭和三五年から古物商として営林署の払下品を取扱うようになり、同四三年ころから林業をはじめた。そして、その申告所得は、昭和五一年度二、三六〇万円、同五二年度一、八四〇万円、同五三年度二、二五〇万円であり、右所得額は、居住地域では玉川ダム建設による埋没地の補償金受領による一時的高額所得者を除けば、高橋明男内科医に次ぐ第二位を占めているのである(記録第四、八〇〇丁以下)。被告人相馬にとつては、帳簿の記帳もなくそのため自己の収入も支出も判然しないまま適宜申告をなし、むしろ古物商から身を起した者にしては十分の所得申告をしているという自負さえあつたとも想像される。

昭和五三年度の所得申告は青色となつているが、未だ被告人相馬の税に対する認識は甘かつた。税知識は皆無の従業員岩崎宏に手伝わせ一応申告したものの、法定帳簿もなく、いわゆるドンブリ勘定で白色申告当時となんら変りがなかつた。(原審三回公判・相馬被告人の本人供述)。

したがつて、少なくともこの時点までは被告人相馬に脱税の意識がなかつたことは窺われる。

(ロ) 昭和五四年五月被告会社を設立し、同年七月には千葉秀昭を雇い入れ、事務所では相馬貴子・高橋絹子が事務をとるようになり、外形上は一応会社らしくなつたが、帳簿類も極めて不完全のまま経過するうち、翌五五年三月には被告人個人の所得税申告期、同年七月には初回の法人税申告期を迎える。

深井税理士の指導により、改めて昭和五四年度の所得を算出してみて、はじめて莫大な所得となることが数字的に明らかとなつた。そのままでは同五三年度以前の所得申告とも辻褄が合わない。被告人相馬ははじめて曽て取引きのあつた太陽銘木に四、〇〇〇万円の未収債権があることに着目し、これに対して架空仕入れを計上して操作し、昭和五四年度の所得を前年度と矛盾しないよう三一、六一六、一〇〇円の申告するが、更に矛盾は法人税申告にも波及し、これまた帳簿操作をせざるを得ないこととなり、翌五五年度の法人税申告も同様に手段をとらざるを得なかつた(原審第三回公判・相馬被告人の本人供述)。

(ハ) こうみてくると、被告人相馬ははじめから脱税を意図したものではなく、青色申告と会社設立とによつて、それまで記帳義務のないまま概算で申告してきたことによる矛盾が一挙に露見し、これを糊塗するために工作操作を行わざるを得なかつたのが真相である。

(ニ) 弁護人のいう税制度に対する無理解ないし認識の甘さというのは、被告人相馬が納税申告手続の知識がなかつたという意味ではない。被告人相馬ほどの規模の企業ともなれば、もつとはやい段階で帳簿を完備し、税法上認められる種々の特典を受けられるよう配慮すべきであつたのに、残念ながらその点について無理解であり、第二順位程度の所得を申告しておれば問題はあるまいと軽信した認識の甘さを指しているのである。そして青色申告と会社設立とによつて、従前のドンブリ勘定の矛盾が一挙に露見するや、最も悪質ともみられかねない操作までするに至る。

仕事一筋に生き、極めて狭い視野で働き続けた被告人相馬は、まさに現代のドンキホーテである。最近、白色申告者にも記帳義務を課されているが、もしこの制度がすでに実施されていたならば、青色申告に切替えることによつて矛盾がはじめて露見することもない筈である。被告人らの犯行は、白色申告者に記帳義務のない現行税制度に遠因をなすものであり、本件犯行の態様の外形だけから強く非難することは当を得ない。

(三) 立木の値下がりにより、被告人両名の所得は実質上遙かに低いものとなつた。

(イ) 立木価格は、外材の入荷や住宅産業の低迷により、近年低下の一途を辿つている。秋田木材通信に掲載された角館営林署の公売落札価格を拾い上げると、昭和五五年二月六日の落札価格を一〇〇とした場合、同五六年二月五日では六二、同五七年二月一二日では五六、同年五月七日では四六となり、立木価格が急激に下落していることが明白である(記録第四、八三八丁以下)。

(ロ) 起訴状記載の所得金額は、営林署の立木売渡価格自体をたな卸資産として計上した結果によるものであり、したがつて売買利益を計上したに等しく、その実伐採販売の都度赤字を出している現状からみると、被告人両名にとつて誠に酷な計算方法といわなければならない。

最終仕入原価法について弁護人の主張する計算方法によるときは、被告人両名の所得もさがりしたがつて脱税額も低くなる。弁護人としては前記の不合理な結果を解消するためには、右の計算方法以外にないと確信するものであるが、万一、弁護人の右主張が容れられないとしても、立木値下がりによる実態は量刑に当つて一二分の配慮がなされるべきものと思料する。

(四) 被告人両名の所得よりも課税額が多い。

(イ) 原判決判示第一、一、(一)(二)の各事実及び同第二、一、二の各事実の所得金額の合計額は七六四、七六七、三六二円であるが、これに対して、(イ)被告人両名が本件摘発前に納付した税額は、昭和五三年度分八、一七六、三〇〇円(昭和五七押一二の一)、同五四年度一一、六五九、九〇〇円(昭和五七押第一二の三)、同五五年六、二二七、六〇〇円(昭和五七押第一二の三)、同五六年度四、八三七、九〇〇円(昭和五七年押第一二の四)計金三〇、九〇一、七〇〇円であり、(ロ)摘発後納付した税額は、個人分四六七、一八〇、四一〇円、会社分二七三、八三六、七四〇計七四一、〇一七、一五〇円である。(記録第四、七六六~四、七八五丁)。右(イ)(ロ)を前記の所得合計額から控除すると七、一五一、四八八円の赤字となる。

(ロ) そして、本件に対する罰金が更に科されることとなると、被告人両名の負担は更に増大する結果となる。

(ハ) 被告人両名、殊に被告人相馬は本件により十二分に社会的制裁を受けているのに、更にかような負担を強いられるのである。量刑に当つてはこの間の事情も十分に勘案されたく切望するものである。

(五) 被告人らは本件捜査に全面的に協力している。

昭和五六年八月本件捜査に着手以来同五七年二月捜査が終了するまでの間、被告人相馬及び会社関係者は連続して取調べを受け、その調書もおびただしい数に達している。

この間、被告人相馬及び会社関係者は、求められた文書はすべて提出し、積極的に捜査に協力した。その結果、収入はすべて把握されることになつた反面、支出は記帳がないためすべて明らかになつたとは限らない。こうして、被告人両名の所得は実数以上のものとなつたことは想像に難くない。これも更生を誓う被告人相馬の反省の現れである。

三、贈賄に関する情状

(一) 伊藤に対する贈賄

(イ) 被告人相馬の伊藤に対する贈賄の動機は、もつぱら支障木の払下手続の促進にあつた。

売渡を受けた立木を伐採搬出するに当り支障となる立木が存在するのが一般であり、右支障木の払下げを待つて伐採搬出作業が開始される。営林署が売渡す立木には搬出期限が付され、もしこの期限内に伐採搬出を完了しないときには損害金を徴収する取扱いとなつている。加えて、被告会社が売渡しを受けた鵜養地区は県下の豪雪地帯であり、降雪期に入ると作業の経費は重む結果となる。

一方、支障木の払下手続は鵜養担当区主任伊藤の手を経なければならず、同人の意思のみで支障木の払下げ手続きを促進することも遅らせることもできる立場にある。

被告人相馬としては、いわば絶対的権限を握る伊藤に対し、もつぱら支障木払下手続きの促進を希つて本件贈賄に及んだものであり(原審一五回公判・被告人相馬の供述)、伊藤と被告人相馬との立場上の相違に照らすとき、被告会社の利益を考慮して本件犯行に及んだ被告人相馬の心情は理解に難くない。

(ロ) 伊藤の収賄の相手方は、独り被告人相馬のみならず、他に加賀谷・佐藤・佐々木もいるし、そのうえ、伊藤には河辺・高倉との共謀による森林窃盗の犯罪もある。伊藤のこれら数々の所為に照らすと、本件贈賄はそもそも伊藤の本来的体質に根ざすものがあつたとみるべきであり、その全責任を被告人相馬に負担させることは酷である。

(二) 岩谷に対する贈賄

(イ) 被告人相馬の岩谷に対する贈賄の動機は、他の同業者の進出を恐れたためであつた。

営林署は、競争入札方式をとると当時に随契と呼ばれる任意売買方式を永らくとつているが、随契の権限は営林署長である。

角館署長に赴任した岩谷は、もと五城目営林署次長をつとめ、当時から五城目町の木材業者と知合いであつたが、岩谷が署長に赴任するや、五城目町の木材業者が新たに角館町に進出し、岩谷に贈賄して被害木の払下げを受けた。これに危機を感じた被告人相馬は、愚かにも岩谷へ贈賄するに至つたものである(原審第一五回公判・被告人相馬の供述)。

(ロ) そもそも随契は、沿革的には地元林業団体の保護育成のために生じたといわれるが、営林局では毎年随契による販売石数を予定し、契約締結の権限は営林署長にある。岩谷は、担当区主任の伊藤と比べると、遙かに優るいわば生殺与奪の権を握つている。木材業者は署長の伊藤に対しては極めて弱い立場にあり、それだけに贈収賄の温床となり易い。秋田営林局管内の一連の不祥事に鑑み、同局では随契を廃止する方向で検討を始めたと聞く。被告会社の安泰を希つて贈賄に及んだ被告人相馬の心情も理解されたい。

四、その他の情状

一、被告人両名は、しょく罪のため財団法人法律扶助協会に寄附を申出で受理された(記録第六、九〇九~六、九一三丁)。わが国における法律扶助制度は先進諸国と比べ未だ弱体であることは否めない。それだけに財源の充実が目下の急務である。貧富の差別なく、国民等しく法の救済を受けられてこそ真の法治国家といえる。今後被告人両名の寄附金が法的救済を求める貧困な地域住民に寄与すること誠に大なるものと予想される。

二、本件が発覚する以前から、被告人相馬は田沢湖町社会福祉協議会(記録第六、九一四丁)、田沢湖町身体障害者協会(記録第六、九一五丁)等に寄附し、また、田沢湖町々長千葉広善の証言する如く(原審第二回公判)、地域社会の発展のため種々協力している。

三 被告会社の経営状態は悪化しているが、現在被告人相馬は債権者の協力を得て再建のため努力中である。もし万一被告人相馬に実刑判決が宣告されるときは、被告会社の再建はまつたく絶望的状態に追い込まれ、その結果、多数の債権者に対して甚だしい迷惑を及ぼすこととなろう。原審に提出した宮本木工所(記録六、九一八丁)・株式会社太田機械製作所(記録第六、九二三丁)・丸紅建設機械販売株式会社(記録第六、九一六丁)・秋田いすゞ自動車株式会社(記録第六、九二〇丁)の各上申書及び原審における証人蒔苗昭三郎の証言(記録第一八七丁以下)からも窺われるように、自己の債権の回収のためにも営業上の手腕ある被告人相馬に対する実刑判決は避けられたいというのが、全債権者のいつわりのない卒直な願望であろう。

五、本件、特に脱税の事実は、一見する限りは、その額も大きく手段方法も悪質とみられかねない。しかし、仔細に分析するとき、これまで実刑を宣告された先例とは非常に趣きを異にしている。本件は敢えて実刑をもつて臨まなければならない程の事案ではない。しかも実刑によつて多くの債権者が債権の回収を不能とすることを考え併せるとなおさらである。

六、被告人相馬自身の資産はすでに皆無に近く、原審の罰金刑五、〇〇〇万円を納付することは極めて困難な事情にある。もしこれを納付できないときは、労役場に留置されるほかないが、そうなれば実質的には懲役刑に等しいこととなり、そのうえ懲役刑に執行猶予がつかない場合には、金がないためだけで余りにも長期間身柄を拘束される結果となる。

七、以上の諸点を勘案すれば、原審の量刑は余りにも重すぎること明らかであり、被告人相馬に対しては、懲役刑については執行猶予を付されたく、罰金刑については減額されたく切望する次第であります。

以上

昭和五九年(う)第二〇号

所得税法違反等被告事件

被告人 相馬三郎

控訴趣意書

昭和五九年一一月二〇日

主任弁護人 石島泰

仙台高等裁判所秋田支部 御中

原判決の判示第一の一、判示第二の一、二は、「法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らか」であるので、破棄しなけれはならない。

その理由は次のとおりである。

(一) 原判決は、判示第一において、被告人が不正の行為により「正規の所得税額と申告税額の差額」である「一億六、三二三万四、一〇〇円」(判示第一の一の(一))及び「八、四九三万二、七〇〇円」(判示第一の一の(二))を免れた、と判示し、判示第二において、被告人において相馬商事株式会社の業務に関し、「正規の法人税額と申告税額の差額」である「六、二七四万七、二〇〇円」(判示第二の一)及び「七、三〇八万一、七〇〇円」(判示第二の二)を免れた、と判示している。

(二) この金額は、検察官の公訴事実において主張している金額をそのまま容認したものであるが、原審弁護人は右金額を争っており、原判決は、「判示税法違反事件における被告人らの所得金額の確定について」と題する判断の中で、原審が右検察官の主張を支持する所以を詳細に説示している。

然しながら、この原判決の判断が、所得税法、法人税法の規定の解釈適用を根本的に誤つているのである。

(三) 原判決自身、右判断の最終第三項において、「検察官主張の計算方法は完全なものとはいえないにしても―根本的には、そもそも立木については最終仕入原価法の規定自体が不備ではないかとの疑問がある―本件における……所得税額の確定の方法としては合理性を有するものと評価しうる」という微妙な表現によって、原審自身が、この金額算定について確信を抱いていないことをはからずも表明している。

原判決は、実は、いわば、問題の入口にまでは到達していたのである。

もし、原審がこの時点で「不備ではないかとの疑問」だけに止まることなく、更に歩を進めて所得税法、法人税法の「立木」に関する全規定を些細に検討し直すことをしていたならば、原判決のような誤をおかすことを防ぎえていたであろうことが惜しまれるのである。

(四) そして誤は、実は、不幸なことに、検察官、原審弁護人、そして裁判所を含む訴訟全当事者にあつた。否、更に遡つてそもそもの大曲税務署の本件税金手続の段階からその誤が発生しているのである。

すなわち、原審における訴訟全当事者の主張、判断はすべて「本件におけるたな卸資産の評価」を共通の基盤とし、その共通の土俵の中で、その「方法」を争っている。

大曲税務署もまた、例えば原判決前記判断項目の二(一)で、「被告人相馬商事株式会社は、………大曲税務署長に対し、たな卸資産の評価方法については最終仕入原価法による旨の届出をなし」「被告人相馬三郎の個人時代のたな卸資産の評価も最終仕入原価法によつていると認められる」という判示にあるように、本件税額評価を「たな卸資産の評価」による方針をとつていたことが認められる。(恐く本件起訴は、国税局の告発にもとづくものと思われるが、その告発の内容も右「たな卸資産の評価」を根拠にしているはずである。)

これらがすべて根本的に誤っているのである。

(五) すなわち、所得税法、法人税法の規定は、明白に本件のような「立木の取引」には「たな卸資産」は適用されないとしているのである。(専門官庁である大曲税務署すらがこのような基本的な規定を理解していなかったということは信じがたいほどである。)

以下その論拠を明らかにする。

(六) 所得税法関係(判示第一の一)について

(1) 所得税法には、「立木」という概念はない。

(2) 同法第二条(用語の定義)第一項一六号は、「たな卸資産」について、次のとおり規定している。

「事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券及び山林を除く)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」

(3) 同法第二七条第一項は、「事業所得とは」と、その内容を特定しているが、その際、「山林所得について該当するものを除く」と明記している。

(4) また同法第三二条は次のとおり規定している。

第一項 「山林所得とは、山林の伐採又は譲渡による所得をいう」

第三項 「山林所得の金額は、その年中の山林所得に係る総収入金額から必要経費を控除し、その残額から山林所得の特別控除額を控除した金額とする。」

(5) そこで問題はこういうことになる。

(イ) 本件検察官の主張及び原判決の判断は、本件被告人の所得税額を計算するに当つて、「各取引(仕入)毎の価格をそれぞれ最終仕入価格として、右価格に…各期末に存在する在庫率を乗じて立木のたな卸評価額とする」(前記原判決判断の二の(二)-一五丁裏二行目)ということをその基本としている。(同法第四七条参照)

(ロ) このことは、原判決が、「たな卸資産」と認定している本件における在庫の(未だ売却されていない)立木を、同法第二条第一項第一六号に規定する「商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(山林を除く)」の何れかに該当すると判断していることを前提としている。(但し、原判決が、本件の右売残りの立木を右の「商品等々」の何れであると認定したのかは全く判断に示されていない。)

(ハ) そこで、この前提が正しいかどうかが問題になることになるが、本件「立木の取引」の実態に即するならば、この前提の認定が誤っていることが明らかであるのである。

(ニ) 原判決は、本件立木の取引契約の実態について次のように判示している。

「本件における被告人両名の取引中の大部分を占める各営林署からの立木の売買契約」は、「典型的ないわゆる立木契約」、すなわち、「林班指定の方法によって立木の範囲を定め、立木のまま売買し、………林班内の見積石数と実際の石数が違つていた場合にも精算しない形態である」(前記判断二の(二)一二丁裏)「取引の売買代金額も、個個の樹木毎にそれぞれを独立して取引の対象とし、その個々の価格を決定し、その合計額をもつて全体の額が決定されるというのではない。」

「売買の対象となった立木を一つのものとみて、一括的に全体としての売買代金額が決定される仕組みになつている。」

「結局、立木を構成する個々の樹木に重きを置き、樹木毎に取引を行うというのではなく、いわば、取引の対象となる一集団の立木全体を取引の一単位としてとらえて取引がなされているといえるものである。」(前同一三丁。傍線は原判決。)

この認定は重要である。

本件立木取引においては、右のとおり、「個々の樹木」を「それぞれを独立した」「商品等に」として取引がなされているのではないのである。

而も被告人は、このように「一集団の立木全体を」「立木の範囲を定める」という形で「一括的に全体として」「立木のまま買入れ」、それを「伐採」して「譲渡」し所得を得ていたのであり、原判決が「たな卸資産」として評価した売れ残つた立木は、依然として立木のままの現状に放置されているものなのである。原判決自身「買受けた立木のうちのどの立木のいかなる樹木をどれだけ伐採したか、したがつて各期末毎のたな卸資産としての立木の在庫量はいくらであるか」(前判断二の(三))という言い方でこの実態を認めている。

(6) すなわち、本件「立木の取引」による所得は、所得税法第三二条第一項に規定する「山林の伐採又は譲渡による所得」そのものなのである。

従つて、本件被告人の所得金額は、同条第三項によるべきであつたのである。

それにもかかわらず、原判決は、これを、同法第三七条第一項が、「事業所得の金額」につき、「山林の伐採又は譲渡に係るものを除く」と明記してあるにもかかわらず、自ら認定する本件取引の実態に徴してこの規定を正確に解釈することを怠り、漫然、商品等の取引の際に適用される事業所得の金額の計算方法を主張する検察官の起訴に誤導され、同法第四七条第一項の「たな卸資産」を算定の基礎とする誤に陥り、同法第二条第一項一六号が、「たな卸資産」の規定の際にも「山林を除く」と明記してあることをも読み落とし、右本件の立木(=山林)の残存部分を「たな卸資産」として評価するという誤をおかすに至つたものである。

(7) 右のとおり、本件立木の取引は、所得税法第三二条第一項に規定する「山林の伐採又は譲渡による所得」として同法第三項によりその「所得金額」を計算し、それによつて課税額を定めるべきものであつた。

然るに、これを検察官が誤つて起訴し、被告・弁護人もそのこと自体を争わなかつた結果、原審もその土俵の中で誤導され同様の誤に陥つてしまつたのであるが、この誤のための矛盾と無理と苦悩とが随所で噴出することになり、そのことが原判決の判示自体の中に随所に噴出していることが印象的である。

曰く、「検察官の評価方法は一見最終仕入価格法において法の求める要件を完全には充していないかのように思えなくもない」。(前記判断二(一)-傍線原判決)

曰く、「そもそも立木は伐採されずに立木のままである限りにおいては通常の商品のたな卸資産に比べると固定資産的な規格を強く有するものであることは否定しえない」。(同二(二)傍線原判決)

曰く、「………と擬制した形でとらえることになる」。(右同)

曰く、「………とすることは、法の要求するところを一〇〇パーセント実現したものとまではいえないにしても、やむをえないものといわざるをえず………」(同二(三))

曰く、「検察官主張の計算方法は完全なものとはいえない」。

「根本的には、そもそも立木について最終仕入原価法の規定自体が不備ではないかとの疑問がある」(同三)実に、本件「立木の取引」による所得を「山林の伐採又は譲渡による取得」として取得税法第三二条によつてその所得を計算するという方法に立脚すれば、このような矛盾や疑問は一挙に解決するのである。

それをおよそ「通常の商品」とは全く性質を異にする立木について「通常の商品のたな卸資産」の算定と同様の算定をしようとするからこそ、「法の求める要件を完全に充たしていない。」「法の要求するところを一〇〇パーセント実現したものとまではいえない」、「検察官主張の計算方法は完全なものとはいえない」ということにならざるをえないのである。

そもそも本件のような立木についてはこれを法の定める「たな卸資産」として評価すること自体が不可能なのである。原判決が認めているとおり「税務当局も本件税務調査において実地たな卸を行うことができなかつた」(前記判断二(三))ということ自体、何よりも、もともと本件のような立木について「たな卸」などができないことを如実に物語っているのである。

であればこそ、所得税法は、「山林の伐採又は譲渡による所得」という特別の規定を設け、これの所得額の計算方法を他の事業所得のそれと別にする規定を設けているのであり、その上わざわざ第三七条でも第二条第一項一六号でも「山林の伐採又は譲渡に係るものを除く」、「山林を除く」ということわり書きをその都度記載しているのである。

原判決のいうように「立木について最終仕入原価法の規定自体が不備」であるのではなく、立木については「最終仕入原価法の規定」はそもそも適用の対象外であるのである。

(8) 以上のとおり、原判決は、判示第一の一につき、「立木の取引」についての所得額算定の根拠法条を全く誤つてしまつている。

この誤が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(七) 法人税法関係(判事第二)について

(1) 法人税法第二条第一項二十一号にも、所得税法第二条第一項十六号に対応する「たな卸資産」の定義があるが、法人税法においては「山林を除く」という記載がない。

これは、法人税法の場合、同法の第二一条、第二二条と所得税法の第二二条、第二三条乃至第三五条とを対比してわかるように、「課税標準」についての基本的な考え方が異なつていて、所得税法のように「所得の種類」を区分することなく「事業年度の所得」と一括して規定しているため、従つて「所得の種類」区分の一つである「山林取得」という規定そのものが法人税法にないのでこれに伴つて前記第二条第一項二一号の規定中からも「山林」という概念が落ちたという関係にある。

(2) 然しながら、法人が先述したような、およそ税務当局さえも「実地たな卸を行うこともできない」という本質をもつた「山林」の「一括的な立木のままの買入れ」その「伐採、譲渡」による所得という営業を行つている場合、その法人の所得額算出について、「たな卸資産」を算出の基礎とするような方法をとるならば、そのために生ずる矛盾は、先掲の原判決の苦渋の告白と全く同一のことにならざるをえない。

(3) たしかに法人税法の場合、上記の理由から「たな卸資産」の定義(第二条第一項第二十一号)の規定の中に所得税法の場合のような「山林を除く」という記載はない。然しながら、前述したように営林署から「立木の範囲を定めて立木のまま」「個個の樹木毎にそれぞれを独立して取引の対象とするのではなく、」「一括的に全体としての売買代金額が決定されるという仕組み」で、「樹種毎の価格までは算定されていない」という買入方法(以上原判決判示」で買い取り、その「一集団の立木全体」の一部を「伐採して譲渡」した残りの「立木のままの」残存立木は、本質的に右法人税法の「たな卸資産」の定義中の「商品、製品、半製品、仕掛品、原材料」の何れにも該当する性質の物件ではなく、政令でたな卸をすべきものとして定める「その他の資産」の中にも定められていない。(その実態においても、これも前述したとおり税務当局でさえもが「実施たな卸を行うこと」がそもそも不可能であつたというものである。)

従つて、法人税法の関係においても、その所得金額の算定の基礎を「たな卸資産」評価をおくこと自体が誤つていたのである。

法人税の場合は、同法第二二条第三項一号、二号にもとづき、「売上原価」と第二号記載の「費用の額」とのみを「所得の金額の計算上税金の額に算入すべき金額」とするという計算方法をとるべきことになる。そしてその際、実質的には所得税法第三二号第三項の「総収入から必要な経費を控除し」という計算方法を準用する他はないであろう。(考え方によれば、法人税の場合も「山林所得」のような特殊な所得についての所得税法同様の規定をおく方が合理的であつたともいえる。その意味では法人税法の場合には、原判決のいう「法の不備」の疑問があるといえるかもしれない。)

それを、原判決のように、検察官の主張に誤導されて無理な「擬制」をあえてしてまで「たな卸資産」を所得額算入の根拠とする(客観的にもその結果の算出額は「擬制」による机上の架空なものとなり、真実には合致しないことになる)からその結論が、前述のとおり合理性を欠き矛盾に満ちたものとなってしまったのである。

況や、それによって納税義務者の利益、権利が不当に侵害されるおそれのない保障も全くない以上、原判決の算定方法は、ここでも違法のそしりを免れないことになる。

而も、本件においては、結論として、それが脱税金額の認定にそのまま継承され、それが「懲役一年一〇月の実刑」という重刑に結びついているのである。

(4) なお、念のため、予備的に付言すると、仮に、法人税関係で、原判決の「たな卸資産」評価を基礎とする算出方法が容認されるとしても、原判決の認定は次の点で違法である。

すなわち、原判決が採用した検察官主張の「たな卸」評価額は、営林署の定めた「立木そのもの」だけについての評価額にすぎない。然しながら、法人税法施行令第三二条は、「たな卸資産」の評価に際し、それを「取得するに直接要した費用」を加算することを規定している。原判決は、検察官の主張に誤導されたまま、この施行令三二条の規定に反して低い「たな卸資産」評価額を認定し、その結果として不当に高い脱税金額を認定する誤をおかしたことになる。

(5) 以上の説も判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(八) 以上、説示し来つたとおり、原判決には、明白な所得税法、法人税法についての法令の適用の誤がありその誤が判決に影響を及ぼすべきことも明らかであるから原判決は破棄を免れない。

右の原判決の説は、審理の不尽の結果ということもできるので、原審に差戻し、所得税法、法人税法にもとづく本件被告人の所得金額の算定につき審理のし直しを命ずるのも一つの道であるとは考えられるが、そもそも検察官がこの誤の上に立った公訴提起を行つているのであるから、検察官がその公訴事実そのものを変更しない限りは、右判示事実については、無罪とする他はないことにもなる。

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